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「石切りの職人」の謎
佐田 啓三

出典はどこ

 ストーリーテリングでよくとりあげられるお話にStonecutterというものがあります。日本語ではまだ定まった題名がないようです。ここでは「石切りの職人」という名前にしておきましょう。このお話はたいてい日本に伝わる話とされています。しかし、日本でこの話を知っている人はほとんどいないようです。お話の本にもとりあげられてはいません。日本人が知らないお話なのに、どうして日本に伝わる話とされるのでしょうか。

あらすじ

 毎日、大きな岩山のふもとで石を切り出すのを仕事にしている男がいました。夏のある日、男は王様の行列を見て、「おれも王様のような力のある者になりたい」と思わず声に出します。山に住む、不思議な力をもつ妖精が男の声を聞き、願いをかなえました。
 王になった男は家来を従えて行列の先頭を進みます。しかし、夏の暑さに耐えかね、「太陽になりたい」と声に出します。妖精がその願いをかなえました。
 太陽になった男は地上に光と暖かさを注ぎ、地上の作物を実らせます。しかし、雲が出て光が地上に届かなくなります。男は「雲になりたい」と声に出します。妖精がその願いをかなえました。
 雲になった男は地上に雨を降らせ、作物を育てます。しかし、ある日、なにやら大きな力に押されて流されていきました。風が吹いたのです。「風になりたい」という男の願いを妖精がかなえました。
 風になった男は空を吹き渡り、嵐を起こします。しかし、ある日、男は前に進むことができなくなりました。男の前に高い、大きな山が立ちふさがっていたのです。「風よりも山の方がもっと力がある。山になりたい」男の願いを妖精がかなえました。
 「おれは世の中でいちばん力がある」男は満足でした。しかし、ある日、足下で小さくひびくものを感じました。見おろすと山のふもとでひとりの男がのみにつちを打ちつけて石を切り出しています。
 「山よりもっと強い者がいた。世界でいちばん力があるのは石切りの職人だ。おれは石切りの職人になりたい」妖精が男の願いをかなえました。男は石切りの職人になりました。

どこの話か

 このお話の謎はどこのお話かということです。インターネット上に公開されているお話の多くは日本の民話としています。その他、インドネシアの話とするものが1件、インドの話とするものが1件あります。(下の「インターネット上に公開されているお話」を参照)
 日本の民話というのには疑問があります。それは私たちはこのような話を知らないからです。それに「石切り」という職業が日本を感じさせません。日本は住宅や橋などの公共建築は木材が基本です。なのに、なぜ、このお話を日本の民話とするものが多いのでしょうか。
 このお話によく似たものに「ぶた飼い」というものがあります。小沢俊夫『山のグートブラント—アルプス地方のはなし』(ぎょうせい、1981年)の中に収録されているもので、スイス・ベルン州の話としてあります。これは、貧しいぶた飼いがお百姓、麦の仲買人、軍隊の隊長、大臣、王様になり、最後にぶた飼いに戻るという話で、「石切りの職人」と同じモチーフと構成です。これは2014年、茅ヶ崎市立図書館で行われたお話講習会で講師の先生から教えていただいたものです。
 このお話だけで本になっている(下に記載の)MuthとKuramotoによるStonecutterはこれを中国の民話の翻案としており、この話を道教に基づくものとしています。インターネット上に公開の動画では日本の民話としながらも、そこに描かれている風景、情景は中国を思わせるものが多くあります。アジア以外では日本と中国を同じようにとらえることがよくあります。もし、この中国発祥のお話ということが正しければ、中国と日本を混同することにより、日本の民話として広まった可能性が考えられます。

書籍として刊行されているもの

Muth, Jon J., and John Kuramoto. Stonecutter. New York: Feiwel & Friends, 2009.
Lipman, Doug. Improving Your Storytelling. Atlanta: August House, 1999.

インターネット上に公開されているお話

■ テキスト ■
The Stonecutter – a Japanese version of the folktale
日本の民話としている。絵は日本を意図してはいるが中国を感じさせる。石切りから金持ち、王様、太陽、雲、山と変化する。
The Stonecutter's Wishes
日本の民話としている。絵は日本を意図してはいるが中国を感じさせる。石切りから金持ち、太陽、雲、岩と変化する。
■ストーリーテリング ■
Storytelling Theory and Practice
ストーリーテリングを解説した講義(45分17秒)。この最後の部分(39:57 - 45:04)でお話を視聴できる。ノースカロライナ大学図書館情報学部准教授のブライアン・スタームさん(Brian Sturm)による提供。2007年。英語。
The Stonecutter
語り(7分4秒)。日本のお話としている。主人公はTasakuという男。Jeannine Lavertyによる語り。英語。
The Stonecutter
語り(4分23秒)。語り手は映らない。音声のみによる語り。「インドネシアのお話」としている。英語。
The Stonecutter
語り(6分47秒)。語り手は映らない。音声のみによる語り。「日本に行くと今でも石切りがガツンガツンと石を切り出しています」ということばが語りの中に現れることから、日本のお話という設定です。子どもたちを巻き込みながら語りをする場面をそのまま映しています。語り手はジョナサン・クラック(Jonathan Kruk)。英語。
The Stone Cutter
語り(11分17秒)。日本の民話としている。米国の子どもサマーキャンプで語ったもの。ギターで歌を歌いながら語る。現れるのは王様でなく「将軍」。2013年。語り手はオッズ・ボドキン(Odds Bodkin)。英語。
■ アニメ ■
The Stonecutter
アニメ(7分22秒)。擬音は使われているが、登場人物、ナレーターのことばはなく、映像だけによるお話。「日本の民話」としている。Will Meyer制作。
The Stonecutter
アニメ(5分8秒)。抽象的な映像でストーリーを描く。「日本の民話」としている。主人公はTasakuという男。全編、琴の音楽が流れる。Sidney Formanによる脚本、1960年制作。George Rossのナレーション。NHPTV (New Hampshere Public Television)による公開。英語。YouTubeのThe Stone Cutterでも視聴できる。
The Stonecutter
アニメ(4分9秒)。モノクロの線画。「古い伝説」としている。Michael Kwant制作。英語。
The Stone Cutter
アニメ(5分39秒)。子ども向け。主人公の男は現代風。この話ではたいてい雲から風になり、風から山になるが、このアニメでは雲から岩になる。子ども向けの学習素材を提供しているJinguKid制作。英語字幕付き。
■ 紙芝居風の語り ■
The Stonecutter
静止画による語り(13分32秒)。絵と構成はパム・ニュートン(Pam Newton)。「インドの民話」としている。英語。インド英語の発音による語り。出典は Pam Newton. The Stonecutter. New York: G. P. Putnam's Sons, 1990.
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